春来草自生

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<<   作成日時 : 2008/11/22 15:38   >>

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数日前に見た夕暮れの雲



ずっと考えていました。


母の肺がんは末期

余命一年半と宣告され(本人への告知はしていません。)、高齢で進行は遅いので

二年、三年と生存の可能性はあります。

治療に何ら変化もなく、酸素吸入だけとなり、父の意向で自宅療養となりました。

抗癌治療や手術には耐えられない

手術より残された時間を母の為に

家族と一緒の時間を過ごしたかったようだ・・・



昨夜、自宅に戻った母に逢いに行きました。

機械やボンベが設置された部屋

24時間態勢で酸素吸入がされていました。

認知症の影響から管を直ぐに抜いてしまい、兄嫁がその都度元に戻しています。

また尿意や便意がある為に、昼夜時間毎のPトイレ介助をしてくれています。

かなり身体にも負担があるようですが、母にはそんな事関係ないようだ・・・

介護してくれている兄嫁に感謝

遅くまで姪と話をした。

父や母の若かった頃の話や

生きて来た人生の事・・・

あんなに恐ろしく厳しかった父が

いつしか

穏やかに母を見守っている事・・・

いろんな確執がありました。

人に言えないほど

辛い時期が続いていました。

でも

それも

父の穏やかな顔を見ると

許せるようになりました。

母の過ごしてきた人生

泣きたくなるほど辛い人生でした。

父に怯え、床下に母と私は息を潜めて隠れていた事もありました。

そんな事さえ人に言えず

胸に溜め込んで苦しんでいました。

過ぎてしまえば、そんな辛い時期もあったよね・・・

そう

言えるようになりました。

母はいつもニコニコと笑っていました。

ご近所で困っている方がいれば

いつも

家族のようにお世話をしていました。

ご近所の皆さんから、○○のお母さんと呼ばれていました。

いつも、誰にでも優しく接していた母でした。

もう

母には、その頃の記憶などありませんが

私は母の人生の三分の二は見て来ました。

不器用だけど、愛情深く人間味溢れる人だったと言えます。



私の学生時代、学費を自分で稼いで卒業した経緯がありますが、

ありとあらゆるアルバイトをしてきました。

バイト先が倒産しバイト料が払われず

授業料が払えなくなった時もありました。

結果的には、銀行管理下になった会社でしたが

当時、常務をしていた方がポケットマネーで支払ってくれたり、そんなことがありました。

アルバイト・・・新聞配達も随分しました。

ご近所の大型団地の配達です。

当時100軒くらいを配達していました。

ある朝

友人としていた新聞配達

定刻になっても友人が出てこなく

私は自分の配達に出ましたが、戻っても友人は出てきていません。

連絡もつかず・・・

仕方なく友人の分を配達に出てようやく販売所に戻ったのは

何時もだったら学校に登校している時間でした。

疲れ果てて

自宅に戻ろうとすると

視線の先に

母の姿がありました。

私の顔を見た母は崩れるように

「事故にでもあったんじゃないかと心配したとよっ!!」

そう言って涙でくしゃくしゃでした。


友人の、突然の休みで遅くなったとは言えませんでした・・・

「心配かけてごめん・・・」

と・・・ひと言しか言えませんでした

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母の愛を感じた思い出です。

いつまでも元気で長生きして欲しい

人生の辛さなど見せない

笑顔が美しい母でいてくれたら・・・

そう

願うばかりです。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
ホント!
明るく生きていこうね!!
ねこのひげのオヤジも、小菅になんどもはいたり出たりの繰り返しで。
今朝、『僕らの時代』という番組で、松たか子さんと松本幸四郎さん、市川染五郎さん親子が、楽しそうに話ているのを見ていて、あんなことは一度もなかったな。と思いました。
『なんで、こんな親のもとに・・・・』とガキのころはなんども思いましたけどね。
それでも、親だから、葬式だして墓を建てましたが。
人生色々・・・・波乱万丈です。
まあ、明るく楽しんで行きましょう。
ねこのひげ
2008/11/23 09:36
月桂樹さん、こんにちは。
お母様と月桂樹さんの人生、一緒に過ごせて良かったですね。
お二人がお互いを労わりあいながら過ごしていた様子がわかります。
お父様が、段々変わってくれたのも救いですね。
ねこのひげさんのなんでこんな親のもとに、、、の言葉、私も感じて過ごしていました。今もその苦しみの中にいます。
どうしても抜けられない、馬鹿な私です。
親になってみて、どうしても出来なかったのだろうなと理解もしてきています。反面、どうしてあんな事をしたのかと非難の心も感じます。
お母様が、気持ちも安らかに残りの人生を送られると良いですね。

2008/11/23 12:54
お母さんの記憶は薄れても、優しかった事の事実は残っていますね。
僕も十指で足りないくらいのバイトをして来ました。 新聞配達もしました。
お母様との時間、また、新たな経験をして行くんですね。良くも悪くも色々ありましたが、僕は、結果的にいろんな経験をさせて貰った両親に、感謝しています。
にしき
2008/11/23 22:10
ねこのひげさん、おはようございます。
私も若い頃、幸せそうな家族の姿を見ると、良いなぁ・・・といつも思っていました。またそんな家族像に憧れつつ、自分もそんな家族でありたいと思っていました。
>『なんで、こんな親のもとに・・・・』
若い頃、何度となく思ったものです。
しかし、どんな親でも親は親なんですよね。
いま穏やかになってきた父の姿を見ると、心の傷は残っていますが、全てを許せるようになって来ました。
月桂樹
2008/11/25 08:07
母さん、おはようございます。
連絡くださっていたのに、ごめんなさい・・・
今年に入って色んな事が続き、私の頭の中がパンク状態でした。
心の整理もつかず、全てを投げ出したくなるような気持ちでした。
母の事は、病気をしなくても順番で言えば、親が先に逝くのが自然の流れですから受け入れるのにそんなに時間は掛かりませんでした。
ただ母の人生を考えると、残された時間を穏やかに過ごせるようになった事が救いのように感じています。
兄が母を、もう一度温泉に連れて行ってあげたいと言いますが、状態が良ければ、可能ですが今は無理ですが、実現させてあげたいなと思います。

母さんの、お母様への気持ち分かります。
私も父に対して、ずっと憎しみに近いものを抱えて生きてきましたから・・・
でも
きっと心の中の雪が溶ける日が来ます。
その日が来ると信じていきましょうね。


月桂樹
2008/11/25 08:32
にしき君、おはようございます。
にしき君も、ホントに色んな事がありましたね。
いま、にしき君がお独りで頑張っている様子、私の励みにもなっています。
こんな事くらいで挫けちゃいかんなと思う毎日です。
そうですね
良くも悪くも色んな経験をさせてくれた両親に感謝ですね。
その経験があるから、今の私がいるんですものね。
お互い強く生きていきましょうね。
月桂樹
2008/11/25 08:42

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月桂樹の輪